弊社が日本経済新聞に掲載されました

【2006年12月27日】
 商店街、学生の親代わり──ベテラン店主ら奮闘、悩み相談・車乗せ通院…(12月27日)

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四国や九州など西日本を中心に約3万人の学生がまる大阪府東大阪市の近畿大学。大学から最寄りの近鉄大阪線長瀬駅までの商店街には、「学生の親代わりに」と親身に世話をする様々な店がある。1人暮らしを支える不動産業、バイトを通じて対人関係を鍛えたり、やる気を失った学生を助ける飲食店。昔ながらの商店街の人情味が街にはあふれている。

「冬物の上着を収納する場所がなく困ってます。どうしたらいいでしょう」

「家具を買うなら駅前の家具店が一番。値段が安いし、商品もしっかりしているよ」――。

不動産業者・オクダハウジング専務の奥田敬二さん(66)が立ち寄った近大生と話す。同社の事務所は、近大の西門から徒歩1分の至近距離にある。

賃貸物件の家賃は最近では銀行振り込みにするのが一般的だが、奥田さんの店では、直接学生に持ってきてもらう。店員と顔なじみになり、相談事をしやすい雰囲気をつくるためだ。親元を離れ、慣れない土地で初めての1人暮らし。様々な困難に直面する学生が「快適に暮らせるよう、手助けをしたい」。

店員の大部分は50歳以上のベテラン。全員が地元の出身者だ。学生に紹介するのは近大から半径500メートル以内の物件に限っている。「周辺の状況を把握しきれない物件は扱わない」という方針からだ。店員から物件まで、徹底して地元にこだわる。

営繕担当の関谷卓男さん(66)は、風邪をこじらせて通院ができなくなった学生を車に乗せ、病院まで送ったこともある。「車で病院に送った学生の親御さんから礼状を頂きました」とうれしそうに話していた。「川の向こうの医院なら待ち時間が少ないですよ」。風邪をひいた学生には、地元出身者ならではの情報でサポートする。

北海道からやって来た学生の荷物が、運送会社のミスで引っ越し先のアパートに届かないことがあった時には、奥田さんの自宅の布団を学生の所へ運び、荷物が届くまで3日間貸した。「知らない土地で途方に暮れたが助かった、とずいぶん感謝された」。奥田さんは相好を崩す。

バイトやクラブ活動で家を空ける機会が多い学生をサポートする役目もかってでる。収納庫には学生あての郵便物がずらりと並ぶ。近大法学部に通う加藤智也さん(20)は「親元からの郵便物はたいていオクダハウジングさんに預かってもらっている」とすっかり頼っている様子。

加藤さんの所属する運動部では、オクダハウジングで住居の紹介を受けた部員が5人。加藤さんも大学入学前に、部の先輩から紹介され、これまでに3人の後輩に同社を教えた。「『なぜもっと早く教えてくれなかったの』と同級生にも言われる」

奥田さんは勤めていた銀行を退職後、1987年に妻の雅子さんと創業。日本中がバブル景気に沸く中、奥田さんの会社も不動産投資を行ったが、その後のバブル崩壊で9億円もの損失を被った。そのとき、奥田さんは「目先の利益を追うのでなく、世のため人のために働きたい」と痛感したという。それが学生に親身で接する現在のスタイルにつながっている。

学生との深い関係が、両親との家族ぐるみの付き合いに発展することも。「学生の親御さんが来て『普段お世話になっているお礼』と従業員にカニ料理をごちそうしてくれたこともある」と奥田さんの長男で店員の奥田達彦さん(30)。

うどん・そばの店「御用」は昼食時に多くの近大生が集まる憩いの場。四六時中、学生が立ち寄り、店員と話し込んでいく。店主の阿曽孝二さん(54)は開店以来22年、近大生のアルバイトを多く雇い、社会に送り出してきた。人との対話やコミュニケーションが苦手な学生でも決してやめさせない。粘り強くアドバイスする。

数年前アルバイトに雇った男子学生はお茶を切らしたお客にタイミング良くつぐことができず、喫煙者の隣に女子学生を案内してしまうなど、「お客の気持ちをうまくくめなかった」。しかし阿曽さんは我慢して雇い続けた。

3年間のアルバイトを勤め上げたその学生は近大卒業後、大阪で焼き肉店の店長を務めるまでになった。ある日その店を訪れ「責任者としての厳しさに直面しつつも、日々頑張っている」様子を目にし、喜んだ。

「1年留年すると、生涯賃金がいくら減るか考えてみたら。時間は大切だよ」。お好み焼き店「焼マン」の店長である滝本明仁さん(41)は、学生にこう語りかける。入学後、授業への興味を失って登校しなくなっていたある学生は、滝本さんの話を聞いて再び大学に通うようになった。同世代との付き合いでは学べないことを教えるのが滝本さんの役割だ。

「大人たちの助けがあってこそ、学生はより成長する」。近大前商店街のシニアたちは一様に口をそろえる。商店街は町ぐるみで学生を支え、成長を見守り続けようとしている。
(大阪経済部 草塩拓郎)